あれから7年。3.11をまちなかと沿岸部で過ごしました。

あれから7年。
まちなかと沿岸部でそれぞれ3.11に思いを馳せました。
午前中はオモイデアーカイブカフェへ。
蒲生の日和山や荒浜の黄色いハンカチが再現されて、まるでオモイデツアーがまちの中にやってきたみたいでした。

午後は東六郷小学校跡の慰霊塔に手を合わせ、荒浜へ。
荒浜では、福島かずえ県議、ふなやま由美前市議とご一緒しました。
今年も多くの住民の皆さんにお会いすることができました。荒浜小学校は今年度から震災遺構として公開されたため、たくさんの方が立ち寄っていました。

荒浜小学校に来ると、津波のあとの小学校の清掃活動を荒浜再生を願う会の皆さんと一緒に行ったことを思い出します。
津波が流れ込んだ教室のガレキを片付けていたとき、私がふと手に取ったのが、スズメの亡骸だったのです。
津波に巻き込まれたのか、それとも校舎の中に迷い込んでしまったのかはわかりません。カラカラになって、すごく軽くなっていたけど、間違いなく命であったスズメの身体を握る手がふるえたことを覚えています。

荒浜小学校で、300人以上が助かりました。
同時に、小学校の目の前で、命を落とした方々がいることを私たちは決して忘れてはならないと強く思います。

今月末には、移転跡地利活用の事業者が決まり、荒浜地区をはじめ、沿岸部では新しい事業が行われるようになります。
被災地の姿が生まれ変わっても、ここで暮らしが営まれてきたこと、誰かのふるさとであるということを語り継いでいかなくてはならないと思います。

昨年の3.11はおなかの中にいた娘と、夫と一緒に1日を過ごすことができました。
新しい命にもしっかりつないでいけるよう。 記憶の継承という大事な仕事を、住民の皆さんとともに。

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