庄司あかり議員

3月議会の質問がマスコミで取り上げられました

本日の朝日新聞宮城県版で、3月7日の予算委員会で取り上げた問題について報道していただきました。

大雨になると、分流式下水道の汚水管で逆流が起きトイレが使えなくなったり、路上に汚物があふれたりしてしまう。そうした地域が市内には数多くあります。仙台市が、そのような事態を改善するため…として汚水を雨水管につないだり、汚水管をそのまま公共用水域に逃がしたりするための汚水排出口(緊急避難管)を設置していたことが明らかになりました。

数十年前から設置され、市内全域で111箇所にものぼります。
しかし、下水道台帳図には記載されていないため「秘密の抜け穴」状態が続いてきました。
市民生活を守るための苦肉の策とのことですが、雨水混じりとはいえ汚水を何の処理もせず公共用水域に放流することは、下水道法や水質汚濁防止法の目的に鑑みてどうなのか、と質問。市当局も「好ましい状態ではない」と認めました。
とはいえ、この汚水排出口をふさいでしまっては、大雨時に汚水があふれ市民生活に支障が出ます。だからこそ、いま必要なのは汚水排出の実態調査と適切な処理を行うこと、雨が汚水管に誤って流れ込んでしまう浸入水対策の予算増や誤接続改善のための支援制度の創設が欠かせないと求めました。

若林区内でも六郷地区や大和町地区など、分流式下水道地域で大雨時にトイレが使えなくなり困っている市民がいます。
市民生活を支えるインフラ、下水道の重要な役割を改めて確認するとともに、そうしたところにこそ、しっかり予算をつけることが必要だという点は、当局と共通認識にできたのではないかと思います。

質問するにあたって、市当局にお願いして、マンホール内やボックスカルバート内の汚水排出口の確認や六丁の目監視センターの視察を行いました。また、日本共産党の山添拓参院議員室の秘書さんには、国交省・環境省への問い合わせなどご協力いただきました。

ゲリラ豪雨や台風被害など、雨水対策は喫緊の課題。今回はちょっとマニアックな質問でしたが、これからも分かりやすい質疑を行えるよう頑張ります!

市立若林保育所の廃止民営化について保護者の皆さんが申し入れを行いました

24日、廃止民営化される市立若林保育所の保護者有志の皆さんが、仙台市子ども未来局に対し申し入れを行いました。

仙台市の方針により、公立保育所の廃止民営化が進められています。
若林保育所に白羽の矢が立った時から、父母の会会長さんや地域の方々とご一緒に「待機児童解消に逆行する公立保育所の廃止はやめて欲しい」と要望書を提出し、市議会でも反対の立場で厳しく追及してきました。しかし、仙台市は頑なに公立保育所の廃止の方針を転換しようとしません。
その若林保育所は4月から社会福祉法人どろんこ会が運営する若林どろんこ保育園として開所予定です。
これまで、三者協議(仙台市・保護者・事業者)も行って、若林保育所の保育をどろんこ保育園でも引き継ぐよう求めてきました。
しかし、3月11日に示された重要事項説明書の内容は、とても若林保育所の保育を引き継ぐというものではありませんでした。
例えば
・認定を受けた子どもたちをマンスリーコース会員と呼び、前月20日までに次月の保育予約をアプリで行わなくてはならない。マンスリーが少ない時はビジターコース会員(預かり保育)を増やす。
・学習用テキスト(900円)を購入し学習を進めるが、テキストを買えない場合にはプリントなどで対応する。進めるのが早い子どもは追加のテキスト購入が必要になる。
・お昼寝時には替えの服に着替えて寝る。若林保育所ではパジャマに着替えていたとのことなので、若林保育所から移行する子どもはパジャマに着替えても良い。ただし、自分で着替えられる子どもに限る。
・若林保育所の保育内容や保育スケジュールとは全く違う、座禅・雑巾がけや9時からの戸外活動・お散歩などがタイムスケジュールに組み込まれている。
・園庭に大きな築山があり、その影は保育士から死角になるため危険。
など、これまでの若林保育所の保育を引き継ぐものになっていないのが実態です。

また、災害時の対応は首都直下型地震対応マニュアルに沿って行うとか、障害児保育は当該法人が運営する首都圏にしかない施設と連携するなど、関東で運営している保育園で使っている説明書をコピペしてきたかのような、仙台には当てはまらない記載がありました。
こんな不備のある書類を示して、保護者には「重要事項の説明を受けた」と承諾のサインを求めたというのですから問題です。

保護者の皆さんからの申し入れを受け、仙台市としても改めて事業者に対し「若林保育所の保育内容を引き継ぎ、新たな費用負担が発生しないようにすることや、重要事項説明書をつくり直すこと」を求め毅然とした態度で臨むとの回答がありました。
とはいえ、開所は4月1日。子どもたちを預けてしまえば、保護者の皆さんもどんな保育が行われるのか知るすべがありません。「開所直前にこのような事態になっていることを重く受け止め、市の職員を配置して保育内容を確認するなどの緊急対応をすべき」と強く求めました。

また、本日付けの東洋経済オンラインでは【業界4位「どろんこ保育園」の”不都合な真実”】 http://toyokeizai.net/articles/amp/164543…
との記事まで出されています。

若林どろんこ保育園では、いまだに保育士募集の貼り紙があり、半年前に引き継ぎ保育を始めてから、途中でどろんこ保育園の園長になる予定の方が辞められ、別の方に変わったという経過まであります。働く保育士さんにとってもどうなのか、検証が必要です。
営利目的で保育分野に参入してくる事業者も増える中、保育の質の水準を引き上げるための行政の役割が決定的に大事です。公立保育所の廃止は、その役割を投げ捨てることにつながります。
子どもたちの健やかな育ちを保障するため引き続き頑張ります!

東六郷小学校閉校式と校舎お別れ会


今日は東六郷の日。
午後は東六郷小学校の閉校式と校舎お別れ会へ。午前中のコミセン再建のお祝いとは一転、涙々の閉校式です。
先日卒業式を迎えたばかりの6年生5人と、在校生3人。全校生徒8人の小規模校ですが、一人ひとりを大事にする教育環境であることが、優しく、しっかりした子どもたちの姿から伝わってきます。
東六郷小学校の伝統である黒潮太鼓の力強い音色を聞くのも今日が最後かと思うと、こらえきれず涙があふれました。
中野小、荒浜小についで、仙台市内の津波被災校の3校すべてが廃校となってしまいました。
東六郷小学校は現地再建地区にあり、住民の皆さんも戻って暮らしを始めているというのに、地域の中心となる学校を無くすことは許されません。
PTA会長さんが「震災後すぐに仙台市から統廃合の方針が示された。教育委員会と何度も協議を重ねてきたけれど、地域の方も、保護者も、断腸の思いで閉校の方針を受け入れた」と語られたことからもその悔しさが伝わってきます。市議会の中でも、震災に乗じて学校の統廃合を押し付けるべきではないと議論を重ねてきただけに、本当に残念です。
当初市教委は昨年度末に閉校の方針を示しましたが、保護者や地域の皆さんが「開校60年を迎える2016年度まで待って欲しい」と訴え、今年度末の閉校となりました。
そのおかげで、60周年記念式典や、最後の運動会、校舎の思い出プロジェクト、鎮魂の花火など、心のこもった取り組みで60周年を迎えました。東六郷小学校が、子どもたち、先生がた、保護者や地域の皆さんからどれほど愛されてきたのか、その思いがあふれる最後の一年間でした。
東六郷小学校の校舎は、夏以降解体され、この場所は地域の交流拠点として活用されるとのことです。最後に、校舎の中を見て回りましたが、今も津波の生々しい爪痕を残しながらも、子どもたちがペイントした感謝の言葉があちこちに綴られていました。
校舎も含めて、東六郷小学校を残すことこそ、防災教育や、震災の教訓を後世に伝えることになるのではないか。
こんなにすばらしい学校を失ってしまったことは、仙台市にとって大きな損失になると言わざるを得ません。
さようなら、ありがとう、東六郷小学校。

東六郷コミュニティーセンターが再建されました

今日は東六郷の日。
午前中は東六郷コミュニティーセンター、老人憩いの家の開館記念式へ。
東日本大震災で壊滅的な被害となった東六郷コミセンでしたが、住民の皆さんからの「地域の核となる施設を」との強い要望で再建されることになりました。津波避難ビルが併設されるコミセンは市内唯一とのことです。
記念式のあと、隣の津波避難ビルを見学させていただきました。居室スペースには、簡易トイレや400人分の毛布、水やようかん、クラッカーなどが備蓄されています。
屋上からは、津波になぎ倒された松林の間から海が見えました。
開館式のあとの昼食会では、東六郷かあちゃんずの皆さんが朝から準備してくださった熱々の豚汁がふるまわれました。
地区の多くが現地再建エリアとなった東六郷はもともと地域のつながりが深く、何世代にも渡って住み続けてこられた土地です。震災後、人口が減り、東六郷小学校も閉校となる中で、地域の魅力や歴史をどのように守り継いでいくかがこれからの課題となりそうです。
再建されたコミセンが、東六郷地域のコミュニティー再生の拠点として、おおいに活用されることを願っています。

荒町小学校卒業式に参加しました

今日は母校の荒町小学校卒業式。
今年の卒業生が入学したのは2011年4月。
東日本大震災の1ヶ月後で、直前まで荒町小学校の体育館も避難所になっていました。
また、4月7日の大きな余震もあり、無事に入学式が出来るだろうかと不安だったと当時の校長先生が話してくださいました。
入学の時の小さな姿から、たくましく成長した卒業生たち。お別れの歌を歌いながら涙をぬぐう子どもたちと、見守る先生たちの涙についついもらい泣き。
中学校でも大きくはばたいてくださいね。
小学校を出たら「あなたの卒業証書 世界遺産」の文字。荒町のあたたかさにほっこりしました。

東日本大震災から6年、決意を新たに

東日本大震災から6年。今日は、荒浜地区の復興モニュメント除幕式から始まりました。
14時46分、高橋千鶴子衆院議員と福島かずえ県議とともに荒浜の慰霊碑前で黙祷を捧げ、砂浜での海辺の能楽、荒浜小学校での色とりどりの風船のリリースに参加しました。その後、東六郷小学校でも手を合わせてきました。
この日、荒浜に来るとたくさんの被災者の皆さんとの再会があります。市外や、区外にお引越された方の中には、そういえば年に一度、この日だけお会い出来る方もいます。
「お元気でしたか」そう聞けば、この間の暮らし、ご家族のことなど様々なお話を聞かせてくださいます。
どんな思いの6年間だったか。
避難所、仮設住宅、そして復興公営住宅や自力再建…その一つひとつを乗り越えてきたように見えても、心の中は見えないことを今日痛感しました。
荒浜で活動してこられたKさんとは、6年間一緒に行政に働きかけたり、ご相談を伺ったり、私としてはとても親しくお話してきたつもりでした。
しかし今日初めてKさんから、身近な方が仮設住宅で自ら命を絶ったこと、自分もそうしようか迷ったことがあるということをお聞きし、驚きました。
いつも多くの仲間に囲まれているKさんが、そんな風に考えていた時があったなんて、知らなかった。
NHKの特集で、福島県の避難者の自殺率が震災4年後から上昇したと報じていたことが頭をよぎりました。
そして、被災者の方々にとって、この6年がいかにあやうい日々であったのかに思い至ったのです。
そうした方々にとって、仙台市が「復興はおおむね完了した、次は復興の先だ」と言うことや、国が被災者支援の打ち切り・縮小を進めることは、被災者の心に追い打ちのように影を落とすのではないか。政治の責任を、あらためて胸に刻みました。
震災で失われた命、その後の復興の中で失われた命、そして、6年間生き抜いてきた命。
その全てに思いを馳せる3月11日です。

後援会のお雛祭り、あかりをつけましょ♪

あかりをつけましょ、ぼんぼりに~♪
今日は南材連坊後援会のお雛祭り。
なんと、私のお雛様が事務所に飾られました。
以前、祖母が飾ってくれたのは私が小学一年生のときだから、実に25年ぶり?に物置から出してきましたがキレイに保管してあって感謝です。これからも大事にしなくては。
後援会の皆さん手作りの甘酒、ちらし寿司、お吸い物。みんなでひな祭りの歌を歌って、春が待ち遠しいです。
さて、午後は予算審査特別委員会で質問に立ちます。あかりをつけましょ、仙台市政に♪で、頑張ります!

2月議会、一般質問に立ちました


20日は市議会一般質問。障害のある子どもたちの教育・生活環境の充実を求めて質問しました。

宮城県が仙台市南部に新設することを決断した特別支援学校について、仙台市の子どもたちが通うことになるのだから、交通アクセスにも配慮した場所を積極的に県に提案すべき、と求めました。
また、新年度から学級編成権が宮城県から仙台市に移譲される機会だからこそ、特別支援学級の定数を現状の8人から、せめて6人以下にすることや、指導支援員、通常学級での指導補助員の配置についても、学校から出される要望に応えられるよう拡充を求めました。

障害児のママさんたちが提出した「放課後等デイサービスの充実を求める要望書」について紹介し、主に重症心身障害児・医療的ケア児受け入れの放課後デイを増やすために、看護師配置への独自上乗せや、賃料への補助など市が出来る支援に取り組むべきだと迫りました。

奥山市長は、重い障害の子どもたちのための放課後デイが全市で4ヶ所しかなく、定員はわずか20名程度であり、増やしていく必要があることは認めつつも、市独自の支援については背を向けました。

この質問をするにあたって、小学校の特別支援学級の視察や、ママさんたちとの意見交換会などを通して、市内の障害のある子どもたちが置かれている実態を、切実な声とともに仙台市に突きつけることが出来ました。
これからも、市民の皆さんとともに行動しながら、要望実現のため粘り強く頑張ります!

今日から市議会は予算等審査特別委員会。
新年度予算をめぐって、復興公営住宅の家賃問題で土木費、雨水対策について下水道事業会計で質問する予定です!

放課後等デイサービスの充実を!ママたちが声をあげました

障害のある子どものママさんたちが、仙台市に対して「放課後等デイサービスの充実を求める要望書」を提出しました。

市内の放課後デイは着実に数が増え、現在では95ヶ所になっています。しかし、そのうち重症心身障害児・医療的ケア児が対象の放課後デイはわずか4ヶ所しかありません。
要望書を出されたママさんの中には、4月から小学校に入学するのに、放課後デイが決まらないという状況の方も複数いらっしゃいます。
「重症心身障害の息子。保育園でお友達から刺激をもらい、成長する姿を見てきた。せっかく広がった子どもの世界を閉じることはしたくない。」「小学校は特別支援学級で1人クラスになる。放課後デイで学校以外のお友達をつくってあげたいけれど、医療的ケアの放課後デイは満員で断られてしまった」「医療的ケアが必要で進行性の病気をもつ子どもの放課後デイが決まらない。フルタイムで働いて家計を支えているため、放課後デイは不可欠。」など、切実な実態が語られました。

先日は、ママさんたちとご一緒に、太白区で昨年開設されたばかりの放課後デイpoppyでお話を伺ってきました。看護師さんが立ち上げた放課後デイで、重症心身障害児・医療的ケア児を受け入れ、子どもたちの成長と発達を支えています。「放デイに通うなかで、子どもたちが変わっていくのを日々実感している。咀嚼できなかった子が食べられるようになったり、人見知りだった子が、どんどん人なつこくなったり。」とやりがいを話して下さいました。
障害児の医療的ケアの経験がある看護師が少ない、放課後デイを始められる良い物件がなかなか無いなどの課題もお聞きしました。

ママさんたちは、事業所からのお話も聞いたうえで要望書をつくりました。提出者は8名ですが、要望への賛同者はなんと2200名超とのこと。賛同者名簿も一緒に提出されました。
「悩んでいても始まらない、私たちが動かないと!」と決意され、大事な一歩を踏み出されたママさんたち。
慣れない議会の会派まわりや、要望書づくりにもいそがしい中頑張って下さいました。
提出には、自民党・市民フォーラム仙台・公明党・共産党から7人の議員が同席しました。
切実な要求の実現へ、超党派で取り組んでいけたらと思います。
私も、今議会の一般質問で取り上げます!

衆院選でも野党共闘を!オールわかばやしの会立ち上げ集会


本日は「安保法制廃止と立憲主義の回復を求めるオールわかばやしの会」の立ち上げ集会!
80名を超える方が集まり、会場は熱気あふれる雰囲気でした。
昨年の参院選で、全国で最初の野党統一候補となり勝利した桜井充参院議員から「野党が一致していることはいくつもある。違うところがあるのは当たり前、党が違うんだから。違うところを尊重しあって、政治を前進させるのが共闘だ。」「連合本体からも野党共闘が一番うまくいったのが宮城県だと評価されている」「選挙後も、社民党や共産党と一緒に活動することが続いている」と参院選の教訓が語られました。

その後、市民のリレートーク。
子育てママ、年金世代、9条の会、教育分野、障害者支援、そしてオールみやぎの会からなど多様な課題についての切実な訴え。安倍政権のもと、憲法や社会保障、子どもたちの教育などがないがしろにされていること、安倍政権を退陣に追い込むため、市民と野党が力を合わせて欲しいとの期待が込められたお話ばかりでした。

政党からは、相沢和紀さん(社民党・仙台市議)、佐藤克之さん(日本共産党・仙台東地区委員長)、林宙紀さん(民進党・宮城2区支部長・元衆院議員)が「衆院選でも野党共闘を!」とそれぞれ個性あふれるスピーチ。皆さん真剣に聞き入っていました。

若林区は、昨年の参院選時に野党共闘の街頭演説などが市内で唯一行えなかった区。
その分、野党それぞれ桜井充さんの勝利へ力を尽くし結果を出したわけですが、やっぱり他の区で3野党揃って宣伝をしているのを見ると「若林区でも実現したい…!」と願わずにはいられませんでした。
しかし、そんな若林区で、オールみやぎの会の地域版を最初に立ち上げることが出来るなんて!

「政治を変える、市民が変える」
市民が野党を動かし、歴史をつくっていく。
そんな大事な場面に立ち会うことが出来て本当に感動的でした。
本日生まれた市民と野党の共同の芽をみんなで育てて、来たるべき総選挙では大輪の花を咲かせたい!